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また行きたくなった
世界でも類を見ないほどの爆速で発展した電脳都市「深セン」の過去・現在・未来に迫るムービー(Gigazine)

私が初めて行ったのは某OVAの動画検査で派遣された1992年。その頃は建設ラッシュがあったとはいえ、どちらかと言えば貧しい感じのする街で、至る所に花売りの子供たちがいたり、靴磨きの少年、体重計でお金を貰う子供、ホームレスもいた。バーベキューをする機会があった時には、現地スタッフがホームレスを追い払っても隙を見て飲み物や食べ物を盗んでいた。スタジオのあった工場地帯、周辺の道路には犬や猫といった動物はおらず、道端には食べた後の鳥の骨が散らばっていた。当時はお盆に乗せた給食のような食べ物を歩きながら食べている人を多く見かけていた。彼、彼女らが捨てた物がそのまま残って風化していたのだろう。

このとおり現在ほど清掃業者がいなかったのでゴミだらけだった。周囲には田んぼや畑といった物は少ししかなかったが、一歩郊外へ出れば木々のない砂漠のような荒れた赤土の土地が広がっていた。現在は他の地域でも強制排除されている”床屋”(風俗店)も多くて、当時はその盛んな呼び込みにまだその意味を知らない私には不思議だった。小さな工場が多く、最近の風景のような高層ビル群はなく、高い建物といえばホテル位だった。

当時の楽しみは会社が休みとなる日曜日に、まだ返還されていなかった香港へ行く事。国境を超えるので入/出境審査がある。私が初めて本物の銃器を見たのは、国境で警備するライフルを持った警察(?)だった。密入国は多かったようだが。シンセンでは見かけなかったペットの犬や猫を見かけてほっとしていた。駆け出しの原画マンだった私には所持金があまりにも少ないのでショッピング、というわけにはいかないのだが、怪しい家庭用ゲーム機のカセット(○IN1)や漫画、アニメ雑誌を買ったり、目的もなく彷徨うのが好きだった。そういった怪しい物はしばらくの間、秋葉原でも購入出来たのだが、あまりにも高価だった事もあり、良い事ではないが現地で安く購入出来たのが嬉しかった。

その後、2000年頃に別の用事でシンセンに行った時には既に一変し、大都市のようになっていた。かつて泊まっていた大きなホテルも今となっては小さな物に見える位に、周囲の高層建築物が圧倒していた。それから更に16年が経ち、記事のムービーのような風景になっている。以前は電脳街として有名だった香港よりもシンセンの方が面白そうな感じがする。機会があればまた行ってみたい所だ。

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カテゴリ:中国
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