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弟の引っ越し

しばらく弟の引っ越しを手伝っている。急遽決まった事で、アパートの契約更新をするものだと思い込んでいたのだが、どうしても出ていかなければならない事になったからだ。

荷物は思った以上に多い。そこそこ処分したとはいえ母の遺品や家具が残っていて、引越し業者の用意したダンボール箱でも足りない。仕方なく自転車でピストン輸送しているが追い付かない。弟はずっと体調が悪く風邪気味、天候も悪くこの数日は発熱もしていて辛そうだ。

時期も悪く、時間もない。そのためかアパートの仲介業者も引越し業者も酷い悪徳業者だった。ボッタクリに内装リフォームすら出来ておらずボロボロだ。証拠として写真撮影もしておいた。


大変だったが今日で終わる予定。しばらく休んでいた仕事にも戻る。
悲しい内容な上にプライベートな事なので続きに。

続き。

兄弟揃って良い歳なので本来なら手伝う必要もないと言いたいところなのが、置かれた状況から見過ごす事は出来ない。幼かった頃にある事件が起き、母と離別する事態になりかけた事がある。泣いて引き止めたが、その時の「これからは兄弟で協力して生きて行くんだよ」と掛けられた言葉を今も憶えている。

反抗期を迎えた頃からは弟とは犬猿の仲となり、流血事件を起こす程の喧嘩もした。歳をとるごとに無干渉となり、兄弟揃って好き勝手生きてきた。皮肉にも母の死を迎えてから互いに目が醒めた。母の死を早めてしまったのは自分たちに原因があったのだと。あの母の言葉も伝えた事で、より悲しみは深まったが兄弟の意識は仲の良かった幼かった頃に戻った。

これまで弟と電話で話す事はそれまでほとんどなかった。たまに来る母の電話にすら面倒がって無視する事も多かった。「なんて親不孝をしていたんだろう」、「こんな事になるなら・・・」、と母の死から兄弟二人、後悔する日々が続いている。それ以降、出来る限り時間のある時に互いに訪問して助け合うようになった。頼りになる親戚もおらず、母が残してくれた言葉を胸に生きている。


弟と共感したのは、モノを増やしすぎた事。引っ越しの苦労もそうだが、今後どちらかが死んだ時にそれは残された側への負担となる。持ち家を持たない暮らし、実家もモノを収める蔵もない。墓場まで持っていく事も出来ない。だから、生活に必要な物だけを残し処分する、今後は大きな物を買わないと決心した。


2019/03/14追記:
引っ越し、終わってはいなかった。朝、skypeのメッセージを見た所、弟は焦りから半狂乱になって荷物を外へ放り投げていたようだ。先日手伝った時には「大丈夫、終わる」と言っていたのだが案の定だ。慌てて向かおうと思ったが、所詮一人増えようと徒歩で運べる量は限られている。そこで、ダメ元で数箇所、電話をして何とか即日でも運んでもらえる引越し業者をみつけた。

自分が到着した時には既に管理会社の担当者が来ていた。大量の荷物が残っていた事もあり、察してくれたのだろう、何とか1日遅れでも良いと許してもらえた。そうして荷物まとめをしていると、たまたまウチの修理やリフォームでお世話になった方が通りがかり、手伝うとの事。どちらにしても出ていった後はこの方がリフォームで来るのだが。母とは生前に親しかった事もあり、快く車で荷物を運んでくれた。

その後、引越し業者の車が来た。おかげで後は自転車でも運べる量が残っただけとなった。役所の人も最初の引越し業者も悪徳だったが、それとは違い、この管理会社の担当者、リフォーム会社の人といい本当に良い人で良かった。また、母の人望がなければ助からなかったかもしれない。今になって母の人柄の良さを思い知り、本当に感謝している。

今日、この日をもってもう、この部屋に入る事はない。10年以上だろうか、母と弟、三人で暮らした思い出深い部屋だ。今まで、ありがとう・・・。

板橋区の赤帽三東運送
繁忙期で断る会社の多い中、唯一請け負っていただき、本当に助かりました。ありがとうございます。

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