7/15~/18杭州リポート

前のエントリどおり、写真付きで書きます。今回は天候も悪かったため持っていった2台のデジカメのうち、画質重視のNikon coolpix P300の出番は少なく、撮ったのはたったの5枚。SONY DSC-TX300Bはコンパクトな防水という事で活躍。それでもいつもよりも全然少ない枚数でした。理由は最後の方にでも。
残りは続きにて。それなりに画像が多いです。。。
続き。
前回からもう1年4ヶ月は経っているんですね。
写真にはジオタグが付いていますが、何の役にも立ちません(;^ω^)
現地に行く(行っている)人には使えるかもしれませんが、こんな所よりもっと有意義な場所があるでしょうし、FC2ブログ自体が中国では見られません。
あまり代わり映えしない、杭州滞在中のマンション周辺。野犬が多い。
二日目から以前住んでいた所までタクシーで移動、散策しています。そこで見かけたダンス集団。
この交差点は電気街が近く、以前から賑やかではありましたが、さらに賑やかに。道路も広くなっています。
神田川で食事。経営者は日本人ではありませんが、日本食に近い物が出ます。2004年当時はここでばかり食事してました。
ソーセージ炒飯。味は、、、油が多く、ソーセージの味が日本人向きでは無く、残念ながら半分残しました。味噌汁も水かと思うくらいに冷めていた(^o^;)
こちらは現在滞在しているマンションのそば。コンビニが1件潰れた代わりにスーパーが出来ていました。野菜や果物、肉類は売っていませんが、雑貨も扱っていてそこそこ助かります。
路地裏
先ほどのめざましい発展を続けている街とは違い、この辺は独特の雰囲気です。怪しげな、危なげな雰囲気をどうぞ。
一見すると危険な感じですが、そうでもありません(治安的にどうなのかは不明ですが)。昔の日本を思い出すようなところもあり、所々賑やかな声も聞こえてきます。エアコンも無く、上半身裸でトランプや麻雀をするおじさん達。忙しく閉店の準備をする小さな食堂や屋台も。
会社で見かけた電動自転車。まるで子供の自転車みたいだけれど二人乗りも可能で意外とパワフルだったりする。
統一企業(メーカー名)のカップラーメン。デザインがある意味凄いw
せっかちな中国人向けに電子レンジ対応。
スープに何故か日本語。
ちょっと酸味のある豚骨系スープのラーメンでした。結構イケる。
ケータイのSIMが切れている事で翌日からSIMを購入するよう会社の人にお願いしてたのだが無視されてしまい、連絡したい人もいるので最終日前日に自力で購入。前のエントリで書いた腕時計型スマホで動作を確認出来ました。問題は次回来る時に期限切れしているだろう、という事。また番号が変わってしまう(´Д⊂ヽ
変わりゆく街並み
2006年当時、会社は2件目(正確には3件目)の場所へ引っ越し、私はここからすぐのマンションに住んでいました。当時はコンビニが1件しかなく、道路は途中から砂利道、食事もままならず絶望感があったものです。杭州を去る2008年には少しずつ店も増えてきましたが。それがわずか4年で繁華街のように変わっていました。夜の写真が現在、昼間の写真が当時の物です。
↓写真は同じ場所の2006年、2007年当時。
住居建設だけが先行していて何もなかった当時。。。
2004年当時は画面右側の照明がある辺りに当時の会社がありました。
隣のホテルにある足浴は最初の彼女と出会った思い出の場所。
↓上の写真の2005年当時。
別れた最初の彼女はここの足浴の老板娘となり、私が帰国して数年後には行方不明となった。現在は別人が経営している。話によると最近は日本人客が多いという。店の方針が日本人向けに変わったのか、以前には禁止されていたいかがわしいサービスが行われるようになっていた・・・。
歩いていて、独特の感じのするアパートを見かけて撮影。何故か怖さは感じない、生活感というか暖かみすら感じました。
電動自転車の有料充電器。
何か可愛い絵が手描きで描かれていた。
この横断歩道は渡るのが大変。信号がすぐに変わってしまうので途中から走らないといけない(;´Д`)
よく見るとテントの屋根に杭州のマスコットキャラが。結構可愛くデザインされています。
これが今回移動した図。
GPSのログはi-gotU GT-600を使用。タクシー移動もあるのですが、結構長距離を歩いています。これだけ毎日歩いてたら痩せれるかな?w
暑さこそ雨のおかげで東京よりも涼しかったわけですが、湿度が高くて少し歩くと汗だくになっていました。これは私の体調にもよるのでしょうが、かなり辛かったです。汗を拭いてもすぐににじみ出る、目に入る。変わっていく街並みを見ているうちに色々と思い出が蘇り、その場所が全く違う姿になっている事がうれしさや懐かしさよりも悲しみにも似た感情に変わり、シャッターを切る事が減っていきました。今回、写真が少ないのはそこにも原因があったわけです。
街が発展する事は喜ばしい事だけれど、今の自分はそこに住んでいない、無関係なタダの観光客でしかない。それでも思い出や多くの失ってしまった物もあったわけで。杭州を去り4年が経ち、結局会えないどころか連絡すら出来なくなっている友人や彼女。猫もどうしているのだろう。
・・・寂しさもあいまって、私は「何をしに来たのだろう?」という気持ちです。いつもなら「こんなのがあったよ」と面白画像を沢山撮って載せていたのでしょうが。
さて、次回行けるのはいつになるんだろうか?
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